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第48回 秘密兵器の馬上筒、実は大阪の陣にも登場していた

NHK大河ドラマ「真田丸」第48回では、馬上筒と呼ばれる新しい鉄砲が登場しました。ドラマの中では騎馬武者が馬上から射撃し、敵将を討ち取るために用いられる秘密兵器として扱われました。当時の銃は火縄式で簡単に連射できない構造だったため、費用の割に効果が薄いとして導入する大名は少なかったようですが、…
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第47回 豊臣秀頼の転封、実現すれば豊臣家は生き残ることができたのか

NHK大河ドラマ「真田丸」第47回では、大阪冬の陣の和睦交渉で豊臣秀頼の転封が話題に上りました。転封とはいわゆる領地の国替えです。戦国時代から江戸時代にかけて転封はしばしばあり、徳川家康が本拠を江戸に移したのも豊臣秀吉の転封命令によるものでした。結局、真田丸の破壊や堀の埋め立てで和睦が成立し、…
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第46回 戦国時代の日本に持ち込まれた大砲、炸裂せず限定的な効果しかなかった

NHK大河ドラマ「真田丸」第46回で、大阪城を包囲した徳川方の軍勢から大砲が撃ち込まれるシーンがありました。1発が大阪城本丸に命中し、冬の陣の和睦に向けて事態が進むことになるのですが、戦国時代に渡来した鉄砲が戦の姿を一変させたのに比べ、大砲はそれほど普及しませんでした。実際の戦場で活躍した場面…
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第45回 出城を戦術的に活用、真田丸のルーツは武田家にあった

NHK大河ドラマ「真田丸」第45回では、真田幸村が大阪城南側に築いた出城の真田丸で激しい攻防戦が繰り広げられました。この種の防御施設は戦国時代、本城の守りを強化するため、しばしば設けられていました。特に幸村のルーツともいえる甲斐(今の山梨県)の武田家は、各地の城に馬出(うまだし)といわれる防御…
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第44回 幸村隊がそろえた赤備え、武田騎馬軍団の流れをくむ戦国最強の証

NHK大河ドラマ「真田丸」第44回では、真田幸村の部隊が赤備えの甲冑に統一する場面が登場しました。赤は戦場で最も目立ち、部下の士気を高めるのに効果がある色ですが、大阪の陣では徳川方の井伊直孝隊も赤備えの武具で統一しています。ルーツをたどれば、行き着く先は、ともに戦国最強とうたわれた甲斐(今の山…
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第43回 幸村が軍議で打ち出した積極策、少兵で大軍に当たるその狙いとは

NHK大河ドラマ「真田丸」第43回では、真田幸村が軍議の席で積極的な迎撃策を打ち出しました。豊臣家に浪人を加えても、兵力はざっと10万人。これに対し、徳川家康率いる軍勢は少なくとも20万人と推定されていました。野戦で兵力が倍以上になると、正攻法で勝つのが難しいのは常識です。それなのに、幸村はな…
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第42回 巧みな世渡りで3度の危機を克服、信長の弟織田有楽斎の処世術とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第42回では、俳優、司会者として活躍している井上順さんが演じる織田有楽斎が登場しました。織田信長の弟で、千利休に茶道を学び、利休十哲に数えられる茶人です。東京の有楽町は彼の江戸屋敷があったことから、その名前がつきました。大阪の陣では豊臣秀頼の後見人として大阪城にいたわ…
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第41回 大阪冬の陣勃発、そのとき豊臣恩顧の大名はどうした?

NHK大河ドラマ「真田丸」第41回では、真田幸村がついに大阪城へ入りました。いよいよ徳川家康が率いる大軍を相手に真田丸での戦いが始まるわけですが、豊臣恩顧の大名の多くが徳川方、豊臣方のいずれにも参戦せず、江戸にとどめられています。徳川幕府から江戸留守居役を命じられたためです。徳川幕府と豊臣家の…
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第40回 大阪城に集まった浪人武将、真田幸村のほかには誰が

NHK大河ドラマ「真田丸」第40回では、真田幸村(信繁)が大阪の陣に備え、大阪城へ入るよう求められました。幸村は徳川家康を相手に一戦を交えることになりますが、江戸に幕府を開いて盤石の基盤を固めつつある徳川方に対し、豊臣方には参陣してくる大大名はいませんでした。そこで、豊臣秀頼は父豊臣秀吉が残し…
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第39回 幸村が劇中で開発する真田紐、実はチベット伝来説が有力

NHK大河ドラマ「真田丸」第39回では、紀伊(今の和歌山県)九度山に蟄居中の真田幸村(信繁)が真田紐を発案するシーンが登場しました。映画や小説の世界では、真田紐を作製して販売し、蟄居生活の費用の足しにしていたとされますが、どうやら後世の創作のようです。真田紐は幸村が生きた時代より前から日本国内…
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第38回 戦国時代や安土桃山時代の平均寿命はいくつだったのか

NHK大河ドラマ「真田丸」第38回では、真田信之、幸村(信繁)兄弟の父で、草刈正雄さんが扮する真田昌幸が亡くなりました。生誕が1547(天文16)年、死没が1611(慶長16)年ですから、64歳で死亡した計算になります。戦国時代から安土桃山時代にかけ、長く戦乱が続いて若死にする人は少なくありま…
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第37回 日本を代表する仏教の聖地高野山、安土桃山時代には重罪人の流刑地に

NHK大河ドラマ「真田丸」第37回では、関ケ原の合戦に際して西軍についた真田昌幸、幸村(信繁)父子が紀伊(今の和歌山県)の高野山に配流されることが決まりました。東軍についた昌幸の長男で幸村の兄に当たる信之と、その舅の本多忠勝の助命嘆願で命だけは助けられたわけですが、安土桃山時代には罪人となった…
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第36回 これぞ軍用レーションの原型、合戦時の携帯食「兵糧丸」

NHK大河ドラマ「真田丸」第36回は、中盤のクライマックスともいえる第2次上田合戦が描かれました。命のやり取りをする戦場で腹が減っては、十分に戦えません。城に立てこもった兵士たちは下働きの人たちが調理した食事にありつけたでしょうが、戦場の野山を駆け回る最前線の兵士はどんなものを食べていたのでし…
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第35回 関ケ原の合戦で大名生き残りの秘策、親子、兄弟が敵味方に分かれて参陣

NHK大河ドラマ「真田丸」第35回では、関ケ原の合戦を目前に控え、真田家が2つに割れる犬伏の別れが描かれました。父の昌幸と次男幸村(信繁)は石田三成を中心とした西軍、長男の信之は徳川家康率いる東軍に加わることになりました。どちらが勝っても真田家が生き残る秘策ですが、関ケ原の合戦で家中を2分して…
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第34回 直江状の真相は?直江兼続が喧嘩を売ったのか、徳川家康の陰謀か

NHK大河ドラマ「真田丸」第34回では、上杉景勝の側近直江兼続が謀反の疑いをかけてきた徳川家康に反論の返書を記すシーンがありました。この返書が直江状で、謀反の疑いを全面的に否定するだけでなく、家康を批判する言葉を散りばめ、激怒させたと伝えられます。これを機に家康が上杉討伐の軍を起こすことになり…
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第33回 島左近の生涯は?「三成に過ぎたもの」といわれた知勇兼備の名将

NHK大河ドラマ「真田丸」第33回では、舞台俳優の玉置孝匡さん扮する島左近が登場しました。左近は石田三成の重臣で、「三成に過ぎたもの」といわれるほど知勇を兼ね備えた武将として知られていました。徳川家康と天下分け目の合戦に挑む三成を支え、関ケ原の合戦で戦場の露と消えますが、その知…
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第32回 大阪の陣で大活躍、土佐の戦国大名長宗我部盛親の生涯とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第32回で、後の大阪の陣で主役の1人を務める長宗我部盛親が初登場し、名脇役の阿南健治さんが存在感たっぷりに演じていました。盛親は土佐(今の高知県)の戦国大名長宗我部家の跡取りで、関ケ原の戦いでは心ならずも西軍に味方し、改易となりますが、大阪の陣で長宗我部家の復興を目指…
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第31回 あえなく崩れた五大老五奉行制、豊臣政権崩壊は秀吉の誤算に始まる

NHK大河ドラマ「真田丸」第31回では、死に瀕した豊臣秀吉が後継者の秀頼の行く末を重臣らに頼むシーンがありました。秀吉は自分の死後、秀頼が成人するまで五大老、五奉行の集団指導体制で政権を運営していこうと考えていました。しかし、これが豊臣政権下で圧倒的な実力を持つ徳川家康と、秀吉の秘書的な立場で…
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第30回 秀吉最後のビッグイベント、醍醐の花見に込めた狙いとは

NHK大河ドラマ「真田丸」第30回で醍醐の花見のシーンが登場しました。豊臣秀吉が死の半年前となる1598(慶長3)年、京都の醍醐寺に1,300人もの女性を招いて催した大宴会で、1587(天正15)年の北野の茶会と並ぶ一世一代のビッグイベントでした。境内から醍醐山の山腹までに700本の桜を植え、…
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第29回 急速に広がったキリスト教、桃山時代のキリシタン大名は誰?

NHK大河ドラマ「真田丸」第29回で、長澤まさみさんが扮するきりが、木製の十字架を細川忠興の妻ガラシャに手渡すシーンがありました。戦国時代から安土桃山時代にかけ、日本ではキリスト教が広く信仰されるようになりました。初めは外国人の宣教師が多い九州が中心でしたが、織田信長が布教を保護したあとは、全…
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第28回 巨万の富を生んだルソンの壺、呂宋助左衛門とは一体何者?

NHK大河ドラマ「真田丸」第28回には、歌舞伎の名優松本幸四郎さんが演じる和泉国(今の大阪府南西部)堺の伝説的な豪商呂宋助左衛門が登場しました。助左衛門は安土桃山時代にスペイン領ルソン(フィリピン)との交易で巨万の富を得た人物です。豊臣秀吉の保護を受け、日本でも豪商として活躍していましたが、贅…
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第27回 真田左衛門佐が誕生、豊臣政権下で武将に与えられた官位とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第27回では、真田幸村(信繁)に「従五位下左衛門佐」の官位が与えられました。官位は古代律令制の官職と位階の総称で、宮中での序列や職務を示していましたが、戦国時代になると武士が朝廷に献金して官位を受けるようになり、武家社会での序列を示すものに変わっていきます。戦国時代の…
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第26回 関白豊臣秀次 秀吉にもてあそばれた悲運の生涯

NHK大河ドラマ「真田丸」第26回では、豊臣秀吉が関白の位を豊臣秀次に譲ると宣言するシーンがありました。秀次は秀吉の姉ともの子で、秀吉の甥に当たります。後継者と考えていたわが子の鶴松を失った秀吉にとって、血縁者の中から秀次を後継者に選んだわけですが、それまでの秀次の人生は事実上の人質として他家…
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第25回 戦国一のイケメン大名宇喜多秀家、栄華の後に待ち受けた運命とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第25回に、元男闘呼組の高橋和也さんが扮する宇喜多秀家が初登場しました。秀家は備前(今の岡山県東部)の戦国大名宇喜多家に生まれた外様ながら、豊臣秀吉と親子の関係を結ぶなど、豊臣家で出世街道をひた走りました。妻は秀吉の盟友前田利家の四女で、秀吉の養女となった豪姫。秀吉の…
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第24回 戦国大名の参謀に多い僧侶、なぜ彼らは大任を与えられたのか

NHK大河ドラマ「真田丸」では、名脇役俳優の山西惇さんが扮する板部岡江雪斎が北条軍の参謀、外交僧として活躍しています。戦国時代に僧侶でありながら、外交を受け持ち、軍を動かした参謀は少なくありません。そんな大役を戦国大名はなぜ、僧侶に任せたのでしょうか。江雪斎と今川義元の軍師を務めた太原雪斎、毛…
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第23回 小田原城の歴史 謙信も信玄も落とせなかった難攻不落の要塞

NHK大河ドラマ「真田丸」第23回は、豊臣秀吉による北条攻めが舞台となりました。16万人ともいわれる大軍を編成した秀吉に対し、北条氏政、氏直父子は相模(今の神奈川県南部)の小田原城に立てこもります。小田原城は戦国時代、上杉謙信や武田信玄の軍勢に取り囲まれましたが、決して落城しなかった難攻不落の…
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第22回 信玄、謙信、氏康、信長…、有力大名がしのぎを削り合った上野の乱世とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第22回では、豊臣秀吉の目の前で上野(今の群馬県)沼田城の処遇をめぐり、真田氏と北条氏の論戦がありました。これはもちろん、史実ではなく創作ですが、戦国時代の上野は武田信玄、上杉謙信ら多くの戦国大名が奪い合ってきました。真田氏と北条氏の対立が起きるまで、上野はどのような…
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第21回 浪人から一国一城の主へ、北条早雲の国盗り物語

NHK大河ドラマ「真田丸」第21回では、天下統一を目前にした豊臣秀吉が、上洛要請に従わない関東の北条氏政、氏直父子に対し、いら立ちを募らせるシーンがありました。秀吉にとって最後の敵となる北条氏は、祖先が一介の浪人から戦国大名になったとされる北条早雲です。 下剋上の象徴的な存在と…
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第20回 戦国乱世を駆け抜けた忍者、映画やアニメの世界とは異なるその実像は

NHK大河ドラマ「真田丸」第20回では、藤井隆さんが演じる忍者の佐助が登場しました。伊賀(今の三重県西部)や近江(滋賀県)の甲賀、信濃(長野県)の戸隠が忍者の里として知られ、古文書にも忍者の記述がいくつか残されています。小説や映画では、真田幸村(信繁)に従う十勇士も、忍術を駆使して大阪の陣で活…
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第19回 秀吉の側室 浅井茶々(後の淀殿)多くの謎に包まれた人生とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第19回では、竹内結子さんが演じる茶々に小日向文世さんが扮する豊臣秀吉が思いを打ち明けるシーンがありました。これで茶々は秀吉の側室となり、後に後継者の秀頼を産むことになるのですが、彼女の人生もまた多くの謎に包まれています。近江(今の滋賀県)の戦国大名浅井長政と織田信長…
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第18回 1586年の豊臣秀吉、統一目前で勢いは最高潮

NHK大河ドラマ「真田丸」第18回では、真田昌幸が上洛し、豊臣秀吉に臣従を誓いました。1586(天正14)年のことで、秀吉にとっては主君織田信長の死から4年後になります。秀吉は前の年に関白に就任、さらにこの年、正親町天皇から豊臣の姓を受けたほか、太政大臣に任命されました。信長の…
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第17回 歌舞伎の創始者出雲阿国、謎に包まれたその生涯とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第17回では、歌舞伎の創始者といえる出雲阿国が登場しました。確実な記録はごくわずかしか残っていない人物ですが、安土桃山時代から江戸時代の初期にかけ、一世を風靡した芸人で、阿国のかぶき踊りから女歌舞伎が生まれ、それが現在の歌舞伎につながったといわれています。京都市東山区…
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第16回 千利休が完成させた茶の湯、なぜ戦国武将のたしなみとなったのか

NHK大河ドラマ「真田丸」は大阪編に突入し、上方落語の大御所桂文枝さんが演じる千利休が登場するようになりました。利休といえば豊臣秀吉の側近で、茶の湯を完成させた人物です。狭い茶室で武将の心を推し量るシーンも登場していますが、茶の湯を大名や武将に広めた立役者の1人織田信長には、別の思惑があったよ…
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第15回 秀吉に愛された知勇兼備の将大谷吉継、真田幸村の義父となるその人物像は

NHK大河ドラマ「真田丸」第15回では、真田幸村(信繁)が羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)配下の武将大谷吉継と対面しました。吉継は知勇ともに優れ、秀吉のもとで異例の出世を遂げた名将で、後に幸村の義父となります。同僚の石田三成との関係は戦国時代で珍しい親友。三成とは違い、徳川家康との関係も良好でしたが、…
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第14回 戦乱に明け暮れた安土桃山時代、実は大地震が多発していた

NHK大河ドラマ「真田丸」第14回では、大地震のシーンが登場しました。天正の大地震です。織田信長から豊臣秀吉へ天下取りの主役が移る中、各地で戦乱が繰り返されていましたが、大地震も頻発していたのです。 さらに、徳川家康が江戸幕府を開いてからも大地震の被害が各地で続…
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第13回 地の利を生かした戦国時代の秘密兵器、水責めの効果とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第13回では、真田軍と徳川軍がぶつかる第1次上田合戦が描かれました。その中で真田軍が川の堤防を決壊させ、徳川軍を混乱させるシーンが登場しています。いわゆる水攻め、水計といわれる戦術です。味方の兵士を損なわず、敵に大きな被害を与えられることから、古代中国の昔から攻城戦で…
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第12回 上杉家の家訓「義」は江戸時代の負け惜しみ?

NHK大河ドラマ「真田丸」第12回では、上杉家の人質となった真田幸村(信繁)が上杉景勝と対面するシーンがあり、景勝は「上杉家は『義』のある戦いしかしない」と語りました。「義」という言葉は「人の行いが道理や倫理にかなっていること」(大辞林)と解釈されています。劇中でも「正しい行い」、「損得から離…
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第11回 正室、継室、側室…、戦国武将の結婚事情はどうなっているの?

NHK大河ドラマ「真田丸」第11回では、堺雅人さん扮する真田幸村(信繁)が、黒木華さん演じる梅と婚礼を挙げました。梅は側室ですが、さらに正室という言葉も出てきました。ほかには継室という言葉もあります。いずれも武将の奥さんであることに違いありませんが、どういう差があるのでしょうか。後継ぎとなる男…
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第10回 秀吉が豪華な葬儀で信長の後継者を京都の民衆にアピール

NHK大河ドラマ「真田丸」第10回では、上野(今の群馬県)沼田城をめぐり、真田昌幸と北条氏政が徳川家康、上杉景勝を巻き込んで激しく争いましたが、このころ京都では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が主君織田信長の葬儀を執り行っています。葬儀といっても死後、100日ほど経過していますから、実際は100カ日…
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第9回 天下無双の豪傑とうたわれた本多忠勝、真田家と結ばれた深い縁とは

NHK大河ドラマ「真田丸」第9回で、徳川家康の家臣本多忠勝が真田昌幸ら旧武田家家臣を見方に引き入れようと提案するシーンがありました。ベテランアクション俳優の藤岡弘さんが演じるだけに、いかにも豪傑という感じが漂ってきます。戦場で愛用した槍は天下三名槍の1本「蜻蛉切」。史実上も天下無双の豪傑と呼ば…
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第8回 「春日信達」偉大な父を越えられなかった悲運の部将

NHK大河ドラマ「真田丸」第8回では、上杉、北条家の間を智謀で生き延びようとする真田昌幸の姿が描かれました。その中でしたたかに生き延びる昌幸とは正反対に裏切りの末に暗殺され、張りつけにされる春日信達という武将が登場しました。父は農民から甲斐(今の山梨県)の武田信玄に仕え、武田四天王に数えられる…
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第7回 武田を裏切った木曽義昌、その後の人生は

NHK大河ドラマ「真田丸」第7回では、信濃(今の長野県)南部にある木曽地方の領主木曽義昌が登場しました。平安時代末に平氏を破って京都を制圧した源義仲(木曽義仲)の子孫を名乗る豪族で、甲斐(山梨県)の武田信玄に服属後は信玄の娘真理姫を妻とし、同じ源氏の末裔である武田一門となりました。しかし、義兄…
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第6回「小山田茂誠(高木渉)」真田氏の生き残りを見届けた忠臣

NHK大河ドラマ「真田丸」で、人気声優の…
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第5回 日本史最大の謎の1つ本能寺の変の真実

NHK大河ドラマ「真田丸」第5回放送では、織田信長が家臣の明智光秀の謀反により、京都の本能寺で最期を迎えました。光秀はなぜ、天下統一を目前にした信長に背いたのでしょうか。 光秀にも天下を取りたいという野望があったとする説や、信長とのいさかいから遺恨を持ったという説が、歴史学者の…
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第4回 徳川家康を天下人の器に変えた三方ヶ原の大敗

NHK大河ドラマ「真田丸」第4回放送で、徳川家康と真田昌幸が三方ヶ原の戦いに触れたシーンがありました。当時昌幸の主君だった武田信玄と家康が1572(元亀3)年、遠江(今の静岡県西部)の浜松周辺で戦った合戦です。 織田信長の援軍を得て西上する信玄を迎え撃った家康は、惨敗を喫し、部…
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第3回 真田信尹 本家を影から支え続けた功労者

NHK大河ドラマ「真田丸」第3回放送では、真田昌幸の弟信尹が登場しました。有名武将が続々と並ぶ一族の中では、それほど知られた存在ではありません。その生涯につい…
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第2回 武士道の欠片も見えない裏切りの時代

NHK大河ドラマ「真田丸」第2回放送では、甲斐(今の山梨県)の戦国大名武田家の滅亡が描かれました。武田家は源氏の家柄で、最後の当主武田勝頼の父信玄の時代には、戦国最強といわれた軍団でした。それがあっけなく滅んだのは、相次ぐ裏切りがきっかけになりました。「忠臣は二君に仕えず」という武士道の精神を…
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第1回 真田家の家紋六文銭、そのいわれはどこに

NHK大河ドラマ「真田丸」の放送が始まりました。第1回は織田信長の甲斐(今の山梨県)侵攻を受けた真田家とその主家である武田家の様子にスポットが当てられましたが、登場した軍勢の旗印には、各大名家の家紋が描かれていました。 戦場で出会った将兵は旗印を見て、敵か味方か判断していたわけ…
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